xshimmyのブログ

日々の雑感を書いています。

ファインディング・ドリーにみる家族

映画『ファインディング・ドリー』を観る。 ドリーは、常に「現在」を生きている。忘れっぽい特性のため、少し前のことでも次々に忘れていってしまう。そんなドリーはしかし、何かを探し続けていた。それが、あらゆることをきっかけに、幼い頃にはぐれた両親…

キモチワルイの境界

境界を越えるとき、または、境界が曖昧になる時、「キモチワルイ」感覚が起こる。 事例1 電車の中でお互いに触り合うような、本気度の高いイチャつきをしているカップル ⇒二人の境界がなくなっており、また、二人と世間との境界が曖昧になっているから見て…

岸政彦『断片的なものの社会学』

あらゆるものごと、営みが、「物語」に吸収されてしまう。それは1つの暴力だと思う。その人自身の、何にもならない、誰ともつながらない、「断片的」なものにこそ輝きが生まれる。そのことを、本書は教えてくれる。断片的に。 「かわいらしい」とは、生きて…

ブレイディみかこ『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』

「社会が本当に変わるということは地べたが変わること」 生活保護を手厚くすることでモラルが崩壊する、としたサッチャー政権以降、英国は下層の人たちを切り捨ててきた。カンヌで賞をとった『わたしは、ダニエル・ブレイク』では、フードバンクでの順番を待…

フランス・ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』

動物実験をするとき、その動物の本質を想像しないと、検討違いの結果を招くことがある。たとえば、ゾウの鼻は「目」並みの感覚器官なので、鼻をふさがれるとほとんど「盲目」になる。だから、高い位置にある食物をとる時、鼻を使わないととれないような条件…

コミュニケーションについて

花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』を読んだ。良書だった。 僕もよく読書会に参加するから、分かる分かるーって場面も多かった。本を通しての交流は、「植木鉢理論」みたいなものだ。人と…

ヘッセ『デミアン』について思うこと

本書は「明るい世界」と「もう一方の世界」で揺れるエーミール=シンクレールの少年期から青年期までの内面を描いている。エーミールという名前からはルソーが連想される。場所柄、彼の周りはキリスト教(たぶんカルヴァン派)っぽいので、ルソーの自由な雰囲気…

打ち上げ花火 観てきた。

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』観てきた。 納得のいかない現実Aがあり、別の可能世界Bに移行しようとする、タイムリープ+中学生の純愛もの。 「1993年に放送され、95年に劇場公開もされた岩井俊二監督の名作テレビドラマを、「モテキ」…

東浩紀氏講演会

東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』読書会&講演会に行ってきた。その後、友人とご飯を食べ、いろいろ思うところが表出した。 「いま・ここ」の正しさについて。ある行為を正義であると判定するのは、事後的にしかできない。だから本来、プロテスト(反抗)…

過去と未来と現在と

・確実にある未来・確実にありえない未来・確実にあった過去・確実にありえた過去 ... 映画『ローマの休日』において、オードリー・ヘップバーンは「シネマティックな身体」を体現していたらしい。庶民の生活を軽快に魅力的に学んでいくアン王女と、圧倒的な…

沈黙ーサイレンスー

例によって『沈黙』について。よかった。なんというか、「問いかけ」に満ちている感じがよかった。 奉行所の役人は言う。「ただの形式だ。ちょっと踏めばよい。少しなでるだけでもよい。それ以上は問わぬ。さあ、踏んで自由になれ」そう、僕なぞは、踏み絵は…

言葉と、その人

漫画『深夜のダメ恋図鑑』。男は生物学的に浮気するもんなの、とか本気で言うような、まあダメな男たちをひたすらディスる漫画である。 そのディスのうちの一つで、イヤそれは違うんじゃないか、というのがあったので、書いてみる。 中級程度の英語能力でオ…

ベルばら会回顧談

1年前の今ごろ。 僕はベルサイユのばら読書会を開いていた。 当時は少女マンガに情熱を傾けていたが、現在ではちょっと冷静になり、冷静と情熱のあいだ風のテンションで少女マンガを読んでいる。 同時期に、同じくらいの熱量であたっていたのが、いわゆるフ…

ドラマ嫌われる勇気の、モブキャラ本当に嫌いなんですけど。

ドラマ「嫌われる勇気」を観た。正直なところ出来がイマイチだと感じたので切ろうと思うけど、冒頭の一シーンについてあれはどうなの?って思うので書きとめたい。 子どもが泣いている。限定品のショートケーキが残り1個で、並んでいる順番が後の方だから。…

断片的なものについて

『断片的なものの社会学』読書会に参加した。本書に載っているそれぞれの断片にともかく感動しきりだった。 たとえば、異性装者のブログ。男の人が女の子の格好で写っている。そこには何のエクスキューズもなく、日々の雑感とか、ニュースにただ感想を書いた…

「赤い国」とグッバイ・レーニン

『セカンドハンドの時代 「赤い国」に生きた人々』が面白い予感しかしていない。1917年に革命によって生まれ、1991年にペレストロイカによって滅びた国、ソ連。70余年に及ぶ壮大な社会実験は、そこで生きた人々にどんな人生を与え、どのような感性…

女子のことが分からないまま、僕は29歳になった。

ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』によると、女子はある種のソウルであって、社会経験や小金や鈍感性を身に着けた女性陣が「わたしたちって、女子!」と主張することはある種の暴動だということを言っていた。かわいいもの、ふるふるし…

女子の告白問題(連合を組んでくることについて)

僕は小学生の時分、女子から告白をされたことがある。別に何の自慢でもなく、たまたま小学生だった頃の僕は成長が早く、足が速かっただけの話である。ところで、その時に告白をしてくれた女子は、他の女子3名と連合を組んでいた。もじもじと想いを伝えてく…

紅白歌合戦 雑感

紅白歌合戦を観ていて、改めて宇多田ヒカルとTHE YELLOW MONKEYはすごい、と思った。 宇多田ヒカルは『花束を君に』 出だしの「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」。すなわち、自殺した実母、藤圭子の葬儀にあたっての死に化粧である。実母が亡くなるま…