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xshimmyのブログ

日々の雑感を書いています。

ドラマ嫌われる勇気の、モブキャラ本当に嫌いなんですけど。

ドラマ

ドラマ「嫌われる勇気」を観た。正直なところ出来がイマイチだと感じたので切ろうと思うけど、冒頭の一シーンについてあれはどうなの?って思うので書きとめたい。

子どもが泣いている。限定品のショートケーキが残り1個で、並んでいる順番が後の方だから。「あたしのケーキ!」と泣いている。
前の方の人は気を使い、別のケーキを注文するが、嫌われる勇気を持った香里奈は、迷わず自分が食べたいショートケーキを注文し、周囲から白眼視される。子どもはまだ泣いている。「あたしのケーキ!」

...

所有権の根拠について、古典的にすぎるが、ロックの労働説をとりたい。あなたがそれを所有する権利を持っているのは、土地を開墾するなど労働の対価として、だ。
つまり、ケーキがそんなに食べたいなら、早い時間から並べば良い。労働すればよい。対価を差し出さずに何かを得ようというのは権力の行使であり、感じ悪い。

子どもについては確かに、労働を行うだけの素地が固まっていないから、子どもの権利条約などで子どもであることのみを条件として、教育や適切な生活環境が与えられるよう、保護されてはいる。しかしそれは、他者の利益を害してまで絶対的に与えられるものかといえば、そうではない気がする。

そう、子どもに何を与え、何を我慢させれば、その子のためになるかを考えるべきなのは、大人だ。保護者何やってんの?ということと、子どものエゴを助長しようとする周囲の人ら何やってんの?むしろ何故、香里奈恨んでんの?

それは、「俺がこんな残業してんのに、あいつは早く帰りやがって」とルサンチマン決め込む、日本社会がかかえる根の深い病理と同じじゃないか。「私は子どものためにケーキ我慢したのに、なんで食べてんの」本気でそう思っているなら、生き方を考え直した方が良いと思う。何も努力せず欲しいと泣けば欲しいものが手に入ると習慣化された子どもが、どんな大人になるか。

ということで、香里奈が嫌われる理由が理解できなかったし、むしろゾンビのごとく無感動で思考しないモブキャラ達に非常な不快感を抱いたので、僕にアドラー心理学はとりあえずインストールする必要はないらしい。「このプログラムはすでにインストール済みです。」