xshimmyのブログ

日々の雑感を書いています。

ベルばら会回顧談

1年前の今ごろ。
僕はベルサイユのばら読書会を開いていた。
当時は少女マンガに情熱を傾けていたが、現在ではちょっと冷静になり、冷静と情熱のあいだ風のテンションで少女マンガを読んでいる。

同時期に、同じくらいの熱量であたっていたのが、いわゆるファシリテーションというやつで、次の読書会での課題本に取り上げられたらしいので、参加の前にちょっと振り返りたい。

...

課題本には、実務でコンサルさんが使っている風のカタカナスキルが数多く紹介されている。これは議論に目的がある場合には有効だけども、ベルばら会のように、話すことそれ自体に意味があるような場では活用しづらい。
本書のファシリテータースキルが、江戸の剣術道場風のものであるのに対し、僕のやってきたものは野武士に近い。

えーと、例えば、「夫婦円満の秘訣は?」などの問いがある時、僕は「そもそも、ここで言う夫婦円満とは何か?」との問いかけをする。トルストイは幸福のカタチは大体同じって言ったけど、実は各人で幸せのカタチは違うかもしれない。野武士は型を気にしないゆえ、面白そうな方向にふわふわ流れていく。

基本的には、このふわふわに、乗っかっていただけると助かる。しかして、「そんな子どもだまし!」と感じる人も当然いて、僕は密かに「狂戦士おじさん」とか「キツネ憑き姉さん」など認定し、対策を講じる。

狂戦士おじさんは、正面からあたっても消耗するだけなので、注意をそらす。往々にして、狂戦士は何かに特化してて、話題がちょっとでも自分とこに行けそうなら「俺も俺も」となるので、即答できなそうな質問投げかけるとか。

キツネ憑き姉さんは、だいたい、偏愛しているものを語り終えればご満足いただけるので、へぇ〜とかなるほど〜とか言ってキツネが抜けるの待ってれば大体大丈夫。

つまるところ、話がつまらなくなるのは、
当たり前のことしか言わないか、議論が空中戦になるかのどっちかだと思う。

不倫はダメ!と叫ぶより、
不倫とは何か?と疑問符を打つ方がきっと楽しい。
こう疑問符を打てば、生物界における人間の位置、結婚制度の歴史、文化的差異、宗教の教義、不倫の傾向と対策。いろいろ話ができる。是非論は、また別の話だ。

当たり前のことしか言わないのは、受け入れられるか不安だから。当たり前のこと言っとけば、とりあえず異質なものとして弾かれることはないから。
議論が空中戦になるのは、自分を認めて欲しいと焦るから。他人の意見を聞く余白がなく、自分が溢れているから。

つーことで、あぁ、何話しても大丈夫なんだ、と安心感を持ってもらうことと、空中戦から地上に降りて余白を作ってもらうことに、僕は意識を向けている。多分に、スキルより心意気寄りのやり方であるため、他人にオススメはできない。

こうして文章化しておるのも、けっこー後付けで、実際は何も考えず本能でやってる。よくない。