xshimmyのブログ

日々の雑感を書いています。

過去と未来と現在と

・確実にある未来
・確実にありえない未来
・確実にあった過去
・確実にありえた過去

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映画『ローマの休日』において、オードリー・ヘップバーンは「シネマティックな身体」を体現していたらしい。庶民の生活を軽快に魅力的に学んでいくアン王女と、圧倒的な才能で後に確実スターになっていくオードリー・ヘップバーン自身が映画を学んでいく、その重なり。シネマティックな身体は未来に開かれている。今でいうと藤井四段や清宮くんにわくわくする気持ちは、(多少の不安はありつつも)確実にある未来に向け学び進んでいく、その成長の過程に、心躍るのかもしれない。

ラ・ラ・ランド』。確実に、「ありえた」過去。でも、それは「なかった」過去。もしくは、僕は新海誠原理主義なのだけども、それは彼が『秒速5センチメートル』(あるいはデビュー作『ほしのこえ』)において、その人と「一緒にいたかもしれない」過去を現在の自分がずーっと引きずり、そのありえたかもしれない過去の可能性を閉じないで、なんかこう痛痒い終わらない青春をしている感じとか。なんか良いんです。

確実に、そこに、あった過去。『マイマイ新子と千年の魔法』。新子たちは約束をした。子どもたちの世界で、ほんのささやかな、けれどもとんでもなく大事な、約束。大人の社会が、死の現実が、その約束を壊す。そしてその確実にあった過去は、なくなった。なかったことになった。
まあなんか、約束って、未来に向けたことなのだろうけども、同時に「確実にあった過去」をなんとなく連想させる部分もある。『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』及びSecret Base聴くと今だにすげー泣きそうになる気持ち。そこに確実に「あった」のに、現在からは決してたどり着けない場所にある「それ」。だから新しく踏み出すしかない、大人への過程。

確実に、ありえない未来。日曜のザ・ノンフィクション。地下アイドルを追いかける40?50代の男性の未来。前日、映画の『SING』を観て「夢をあきらめちゃダメだ!」と盛り上がっていたテンションを一気に「あきらめた方が良い未来もある」と落ち着かせてくれたザ・ノンフィクション。ゴミ屋敷を台風で吹き飛ばして、偶然にボーイング747ができる確率よりは、ちょっとマシなくらいの、確実にありえない未来。イヤでもなんか、尊い。きっと男性もその未来がないことは「わかっている」。それでもやる。諦念をともなった、信念。まあでも、あきらめた方が良いとは思う。

それら未来と過去を、一挙にすっ飛ばした『メッセージ』。人類よりも圧倒的に知的な存在でありそうな感じの異星人(人?)とのファースト・コンタクト。言語とは何か。そして言語の背景にあるヘプタポット(異星人)たちの驚異的な思考・思想について。

時間軸の、どのタイプも好きだったけど、『メッセージ』の観点は今年すげー面白かったよなぁと、なんか急に思い出した。