xshimmyのブログ

日々の雑感を書いています。

『聲の形』について

以前にマンガの『聲の形』感想は書いたのだけども、今日改めて映画を観て、気づいたことなど。

石田くんは西宮さんのことを、「最強の敵」だと思っていた。小学生の彼にとって耳が不自由な西宮さんは退屈な日常における異物である。しかして、たいがいの物語において「最強の敵」は自分自身だ。るろ剣の志々雄真は剣心が幕末に捨ててきた負の部分だったし、ドラゴンボール魔人ブウは孤児として地球に送り込まれた悟空が成りえた可能性の1つだった。

石田くんはガキ大将だったが、それは「クラスメートの欲望を体現する存在」だったからだ。だからクラス全体で、「いじめ最悪」の空気になった時、その最悪を体現していた石田くんは排斥された。西宮さんもまた、「死にたい」という感情さえも隠して、にこにこ笑っているような女の子だった。ただしその、周囲の欲望が分からなった。ゆえに、石田くんは西宮さんにアドバイスをする。「もっとうまくやらないとダメだろ」と。

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石田くんと西宮さんはまっすぐな線でつながっている。冒頭シーンの、シャーペンのようにか細い線だけど、それでも折れずにつながっている。西宮さんもまた、世界とつながろうとしている。びしょびしょに濡れた、悪口がたくさん書き込まれたノート。西宮さん自身の願いと、映画ではカットされていたけれど子どもの障害を理由にシングルマザーになったお母さんや常に姉を気にかけるゆづるの想いもこもっている、大切な世界とのつながり。「わたしはこのノートを通じて、みなさんと仲良くなりたいと思っています」。その言葉はクライマックスシーンで生きることになる。石田くんが昏睡する意識のなかで西宮さんと交流した言葉は「筆談」である。

あと、石田くんが普段着のTシャツで、ずーっと首元後ろのタグが出っぱなしになっていたのは、やはり小学生時分のことが後ろめたかったからではないか。言ったことは消えない。やったことはなかったことにできない。どんなにしんどくても、そこから新しい関係を築いていくしかない。

また、この作品の良いところの1つは、多様性でもある。
登場人物のそれぞれがそれぞれに、弱さを持っている。
上野さんは、とても正しい。「あたしはあなたのことを理解しようとしなかった。でも、あなたもあたしのことを理解しようとしなかった」だから、お互い嫌い同士だけど、「手打ちにしよう」という彼女のストレートさは、一番西宮さんと向き合った人だから言えることかもしれない。けれどもその正しさは、人を傷つける。そしてそのことに対し、彼女自身も傷つく。
川井さんは、石田くんが橋の上でそれぞれに一番傷つく言葉を吐くシーンがあるのだけど、そこでは「お前はお前が一番可愛いだけだろ」と言われる。ここがマンガだと、「お前が一番キモチワルイ」になっている。辻村深月『鏡の孤城』において、ヒロインの娘をいじめていた女の子のメンタリティが一番近いと思う。強固すぎる世界観ゆえ、他者との交流による変化がまったくない。これはどこかで致命的に崩壊しやすい。けれどもまあ、千羽鶴を折ってきたから許そう。千羽足りなかったけど。

まあなんか、語りたいことが次々に出てくる作品で、世界がちょっとばかり優しくなるようなお話だと思う。マンガを読んでいたので敬遠していたけれども、さすが京都アニメーションであった。