シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

クリーンな多様性

現在の多様性は、『コンビニ人間』的多様性だと思う。そこには数千種類の多様なモノがあるけれど、厳格な品質管理に適合しない汚いモノは排除される。「縄文時代から社会は間違っているんですよ」と主張した村田沙耶香の小説に出てきた白羽さんのように。

(ちなみに白羽さんの主張は縄文時代から日本は不平等だと言うことだが、縄文時代に格差があったという明確な証拠はなく、格差が出るのは富の蓄積が始まった弥生以降である)

 

ヘイトなどはつまり、汚いモノだ。

コンビニというインフラそれ自体を破壊する、暴徒そのものだ。

彼ら彼女らが主張する、「多様な意見を尊重するなら、俺の私の話を聞け!」は、多様な意見を尊重する場所そのものに対する攻撃なので、話を聞こうにも聞く場所そのものを彼ら彼女ら自身が壊してしまっている。

 

生身すぎる。

 

公の場に、コンビニに出てくるなら、少なくとも服は着て欲しい。どんな服でも構わない。ただ、服は着て欲しい。

 

もう1つ。よく話題に上がるものに、「役に立たないから」多様性を切り捨てる。なんて話もある。

 

コンビニは、まあそうだ。売れなければ商品はどんどん消えていく。ただ、回転率をそうやって上げて行った先に、何が残るか。

人手不足のなかで営業時間は伸ばす消耗戦で、ネット通販のロングテールに対抗しようとしている。恵方巻きなどの計画的陳腐化で、お客の興味を繋ぎ止める。

 

僕はコンビニで働いたことはないので、そこが生き残るためにはもっと奥深いノウハウがあるのだろう。そう、彼らは自分で生き延びなければならない。

 

でも、社会は違う。

 

誰だって、自民党の谷垣さんのように、自立歩行できない状態になる可能性がある。ふとしたきっかけでマイノリティになりうる。

自分がマイノリティになったとき、かつて発したヘイトは、刃になって戻ってくる。「役に立たないやつは死ね」

その時に、死にますか?って話である。

東條英機のように「生きて虜囚の辱めを受ける」んじゃないですか?

 

クリーンすぎるのも考えものだし、汚いモノが生まれてくる背景の分析は常に必要だとは思う。そこにまぎれもなく「在る」のだから。

ただ、みんな服は着て欲しい。おならは控えて欲しい。それだけ。