シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

つながりの理由

人とのつながりを考えるときに、理由を考えてみると、その人との関係が分かることがある。特に理由なくつながっているのであれば「友だち」。借金をした・されたでつながっていれば「お金の関係」。やましいことでつながっていれば「グル」

 

友だちからお金を借りるな、貸すな、という忠言は、「友だち」から「お金の関係」に、つながりの理由が変わるからであって、信頼ベースの関係から、ちゃんとお金が返ってくるか・担保が必要じゃないか、という信用ベースの関係に変化することである。

 

また、「グル」にしても、あいつが警察にチクるんじゃないか、という短期的ゲーム理論の信用ベースのつながりなので、ひどくもろい。

 

その他、会社などのつながりはどうだろう。

同じ職場なら同僚、上司であり、仕事先の関係なら取引先である。これは、つながりというより、外部のラベリングを背負った劇場での演技の要素が強いように思う。

アバターだから、嫌いな奴ともそれなりにやるし、仕事だから真面目にやる。

 

会社を辞めるという時は、その演技の場から離れるという時である。ここで、いわゆる憑依型の演技者はとまどう。会社人という生き霊が長く自分に憑依してきたので、上下の関係が染み付いているので、「社会」のフラットなつながり方に耐えられない。

 

ただでさえ、「上から目線」が忌み嫌われる時代だ。専門分野で研鑽をつみ、本当に「上」の立場の人もまとめて傲慢だ、と糾弾される時勢だ。

 

という訳で、もはや他者とのつながり方は友だちしかないのか、という感じ。

あとは、同じ目標を目指す「仲間」とか?

仲間が「同僚」に変わるのは、目標自体がかっちり共有されなかったり、目標への向き合い方が人それぞれに変わったり、などのケースだろうか。(仕事バリバリよりプライベート重視など)

 

つまるところ、何が良いか、でなく、何を自分が選ぶか、の問題だと思う。

自覚的に人とのつながり方を考えていれば、その人の人生だもの。でも、無自覚だと自分も周りもしんどくなるので、何でこの人とつながってるんだろう?と時々問いかけてみるのは良いかもしれない。