シミーのブログ

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村上春樹について思うこと

村上春樹について思うことを語り合う会に出てきた。そこで話していて思ったこと。

 

村上春樹が「現代の神話の再創造」をしようとしている、という話。典型的な神話の構造は、英雄の物語だ。ある世界で活躍していた英雄が、別の世界に旅立ち、そこで戦い・挫折し・別離し・生まれ変わる。その別の世界から帰還したとき、英雄はかつての英雄ではなくなっている。別の世界の観念を、元いた世界に伝える役割を負っている。

 

最近だと、『ボヘミアン・ラプソディー』がそれに当たる。パキスタン移民出身のフレディ・マーキュリーは、フレディという人間になりたかった。パキスタン系の本名を捨てて、宇宙物理学の博士号や歯科医の免許を持つ英国エリートのメンバーとともに、別の世界に行きたかった。しかし、そこで名声を得たはずなのに、本当の友だちは去っていき、挫折し、病魔にも苦しむ。けれども彼は帰還する。英雄の帰還。もうね、フレディのお父さんが言った「良い行いをしなさい」に反抗していたのに、一周まわって帰還したフレディがお父さんの願いをきくというね。。。

何かになりたかった青年の冒険。

 

脱線した。さて、村上春樹は、『1Q84』を書いた。『考える人』のロングインタビューによると、想像が似通ったものになる近未来より、「こうであったかもしれない」近過去に興味があり、実在の1984年、あるいはオーウェルの1984年とは別の可能性を再構成したかったらしい。

 

本作は、高速道路の非常階段を下りるシーンから始まる。タクシー運転手が“門番”の役割を果たし、主人公の1人である青豆は「異界」、1Q84年に降りていく。そこで神話的な冒険をしたのち、10歳の時に手をつないだ天吾と、「元の鞘に収まる」。英雄が異界を冒険し、日常に戻ってくる。お腹に子どもを宿して。

 

神話の構造として、バリバリに固まりすぎている。

 

たとえば、『スター・ウォーズ』シリーズは、ジェダイと帝国(ダーク・サイド)が華やかな戦いを演じていた神話的世界の、「ファン」ばかりである。カイロ・レンは祖父のダースベイダーに憧れ、レイは「フォースって、なんかすごいパワーなんでしょ!」という理解でスカイウォーカーに私淑する。最新作はそれを乗り越えた、とも言えるけれど、「え?フォースってそんな使い方。。。聞いてないっすけど!」という意見もある。嗚呼、またそれた。つまり、神話の物語において、英雄の帰還が果たされた後は、英雄の時代を知っている後の世代の新たなる英雄譚、を描くか、サイドストーリーで空白を埋めていくか、になる。

 

BOOK3は、サイドストーリー、牛河の物語だった。村上春樹が牛河を描けたのはけっこう大きいと思う。自分の中に深く深く潜っていくと、見たくないもの、表に出したくないものがきっと出てくる。けれどそれはそこに確かに「居る」。

 

日本の民話において、河童はきゅうりを食べていた。かつてきゅうりは、士農工商のシステムに入れない人たちが食べる、下等な野菜だった(栄養も少ないしね!)。つまり河童は、水害などの予防策であると同時に、正史に残っていない・でも確かに存在したはずの人たちの残滓なのだ。牛河はそんな存在だ。本当はBOOK2で閉じてもよかった。けれども彼は神話をつむごうとしている。この時代に合った、確かな物語に。

 

と、思った。