シミーのブログ

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『ベルリンは晴れているか』について

深緑野分『ベルリンは晴れているか』について。多少のネタバレというか、そういうのも含みます。『戦場のコックたち』もそうだったけれど、すごい面白い・が・その紹介が難しい感じ。

 

舞台は第二次大戦終戦直後のドイツ。

ヒロインのアウグステは、アメリカ占領軍地区で働いていたのだけど、“恩人”の殺人事件をきっかけに、ソビエト軍のドヴリギン大尉から捜査を命じられることになる。謎のユダヤカフカとともに。

 

過去の延長に「今」があるとすると、その過去があまりに壮絶すぎる場合、「今」を生きられなくなる。ここに対峙する方法としては、

 

1.過去と向き合い、捉え直す(島本理央『ファースト・ラヴ』系)

2.過去と切り離し、別人としてゼロベースで生き直す(松本清張砂の器』系)

3.過去をとにかく隠ぺいし、逆に開き直って堂々と生きる(村上春樹『納屋を焼く』系)

 

2と3の違いが今いち分かりづらいかもしれない。どちらも、過去を暴こうとする者が敵で、いつ暴かれるかに戦々恐々とするから。ただ、2は過去と切り離し、まったくの別人になること。けれども過去がばっちり自分を追いかけてきて、それに苦しむ。3は、隠ぺいした過去も含め「今」の自分。過去に負い目があるというより、もうなんか色々と歪んじゃって逆にちょっと楽しんでる部分もある。

 

ということで、「今」の本人が苦しんでいるのは1と2。

 

本作には、そうした人がたくさん出てくる。ナチス・ドイツは、ユダヤ人だけでなく、身体障碍者や精神障碍者も「浄化」してきた。だから、「あの時助けなかった」といういわゆる生き延びてしまった罪悪感を持った人がたくさんいる。

 

そこで、逆にナチスに心酔してきた人などは、「そんな悪逆非道なことをした証拠がないじゃないか!陰謀だ!」と、自分にとって不都合な過去そのものをなかったものにする。こうした人を説得することはまずできない。どんな理詰めでいっても、どんな証拠をそろえても、認知そのものがもうナチス史観ガチガチになっているから。ナチスの生き方が当然だったし、過剰すぎる自尊心を認めてくれる確固たるものだから。

 

ヒロインのアウグステは、戦後ドイツ国内を駆け回る。そこでは過去の延長で「今」苦しんでいる人たちが生きている。もちろんアウグステ自身も苦しんでいる。誰もが正しいだけでは生き残れなかった、第二次大戦。

 

正しく生きられることが、いかに幸せなことであるか。

わざわざ嘘を吐かなくて良い、他人を痛めつけなくて良い、誰も殺さなくて良い。

いっぽうで、戦争はたくさんの人が亡くなる状況なので、「人を殺したい」性癖がある奴には恰好の時代なのだなということも。

 

物語は過去を追う、後ろ向きなものであるけれども、それは「今」を、前を向くための旅なのだなと思った。