シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

心のベンジャミン・バトン

この前、16歳の学生さんが、「もう自分、老害なんで~」とか言っていた。

ちょっと前、市議会選挙が終わった後の90歳の議員が「まだ心は若い!」と叫んでいた。

 

これを「心のベンジャミン・バトン」と名付けたい。

 

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は、老人からスタートし、最期は赤ちゃんに戻るという、他の人とは違う人生を送る人の話だ。見た目は老人ながら実年齢が10歳ちょいの時は、周囲の人から「え?その年で性経験ないの?」と驚愕されたりする。ただ、人生の最期に、大切な人に見守られて赤ちゃんの姿で逝くシーンなどは考えさせられる。普通、赤ちゃんでこの世に生を受ける時は、何も選べない。その後、赤ちゃんがどういう人生を送るかは、運によるところが大きい。でもベンジャミン・バトンは、彼が選んできた人生を生き切ったうえで、泣いている。それは運じゃない。彼が人生についてどう思っているか、言葉で聴くことはできないけども、その涙にはきっと何かの想いがこめられている。

 

脱線した。つまり、逆だってことだ。

 

若者ほど、「もう老いたわ~」とか思っている。後輩ちゃんが入ってきたり、ちょっと上の世代の作法を徐々に身に着けていくからであろう。学んでいるのだ。吸収しているのだ。若かった時には気づかなかった選択肢が見えるようになり、だからこそ迷ったり老人のごとくゆっくりしか動けなかったりする。

 

一方で、ご年配の方の一部は、「まだまだ若い!」と思っている。

テストしてみるといい。EXILEとか知らなかったらもうダメだ。時代は確実に進んでいく。いつまでも若くてはダメなのだ。常に最新情報をアップデートしていく姿勢がないと、「あなたの時代の若いまま」になってしまう。安保闘争やバブルの感性のままの若さだ。

 

たとえば、今の人類史の研究では、猿人⇒原人⇒新人、みたいな、単線の進化に疑問符がついている。ネアンデルタール人以外にも、デニソワ人や台湾の原人など、多様な人類が同じぐらいの時代に生きていた可能性が濃厚だ。混血もあったかもしれない。こういう風に、僕らが現役で習ってきた知識は確実に劣化する。それとともに感性も遅れていく。「進化」主義とかね。

 

確実に変わっていく知識たちを、楽しいと思えるか。そこが勝負だと思う。

新しい知識を恐れ、自分の「若いころ」の感性の慣性に従って拒否し(それは陰謀だ!)はじめたら、それは「若害」の始まりだ。

 

ベンジャミン・バトンは老人の頃に若く、若者の頃に老人だった。

若い・老いは、良い悪いではない。何かに固執し始め、あらゆるモノを拒絶し、袋小路になっていないか。自分に搭載されているOSでちゃんと現代のアプリが動くか。

 

チェックを続けたい。