シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

愛とは

愛とは、「相手のことを考えてる時間の長さ」のことだとしよう。そうすると、料理を美味しくするコツに愛情というのも分かる。鶏モモ肉をフライパンで熱し、一度取り出して味付け、その間に他の野菜を焼き、鶏モモ肉を戻し…というこのひと手間である。相手のことを考えたら、自分の調理時間など惜しくないという。

 

そうすると、究極の愛は殉死であり、ディケンズの『二都物語』的なやつになるのか。まあ、あれは愛する女性が愛した男と添い遂げるため、自分が身代わりになるやつなのではあるが。面白かったですけどね。ヒロインのお父さんが肝心なところで監禁生活の後遺症でちゃうとことか。うわー!みたいな。

 

或いは、『ハチクロ』のような、「いいよ。全部やるよ。」か。自分の人生まるまるまるっと相手に捧げる。んー。そうすると、自分探しに行ってしまった竹本くんや、確固すぎる自分を持て余してた森田さんはやはり恋だったのか。

 

とあれ、相手のことを考える時間が愛とすれば、いわゆる浮気という、複数人を同時に愛そうという姿勢が眉をひそめられがちなのもまあ納得だ。1人にかける時間は相対的に減るわけだから。イスラムなどは、一夫多妻を認めるけども、複数人を平等に愛さなければならない。イスラムはもともとが砂漠の商人から生まれた宗教なので、そもそも分け合いというか、所有に対する観念がけっこう僕らと違う気がしている。愛の在り方も違うかもしれない。

 

また、愛と憎しみは紙一重、とも言う。

憎しみも、相手のことずーっと考えている。愛の反対はやはり無関心である。相手のことを一瞬も考えないこと。

 

とすれば、相手のことをちょっと良いなとふと考えることは何だろう?恋のはじまり?

うーん。

視覚的最大瞬間風速の愛は「萌え」だと思う。猫耳ツンデレ!とか、もう一瞬である。それを長い時間に引き延ばすと愛だ。

 

愛と恋は、別の観点からの方が良いかもしれない。想像と妄想みたいな。想像は、自分とは異なる他者まで射程に入っている。妄想は、もう自分オンリー。自分オンリーだからこそ、他人が入り込まない大切な場所でもあるけれど。んで、愛が想像、恋が妄想の分野になる。もちろんグラデーションはある。愛よりの恋があり、恋よりの愛がある。

 

今回は、サンキュータツオ春日太一『俺たちのBL論』にあった、サンキュータツオさんの言葉を引き延ばしました。