シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

『ゴジラ キング・オブ・ザ・モンスターズ』について

ゴジラ観てきた。たぶんネタバレというか、全体のストーリーについて書くので、真っさらの状態で観たい人はまたいずれ。ごきげんよう

 

 

 

 

 

 

 

迫力はあった。怪獣同士の対戦だと、往々にしてプロレスになりがちだけど、カメラの視線が常に、怪獣たちのそばにいる巻き込まれた人たちの視点なので、大きさとああもうこれダメだ…と絶望感がよく伝わってくる。

 

物語は、キングコングでも登場したモナーク機関が目覚めさせないようにしてきた古代の神々、超巨大生物が次々に目を覚まし、その神々の王たるキングギドラvs人類の味方ゴジラの対戦になり、さあ世界の行方は。という。

 

うーんと思ったのは、今回、起こされた怪獣たちは、人為的に起こされたこと。怪獣たちとちょっとコミュニケートできる装置を開発した博士が、「核のボタン」を押すのと同じように、災害を自ら呼んだ。その理由は、大義としては地球環境を破壊する人類の浄化であるけども、本当の理由は彼女(博士)の個人的トラウマだった。

 

だから、キングギドラが人間の理解を超えた存在だと知り、うわヤバいってなったり、自己犠牲的な行動もとるようになるのだけど、いやそもそもあんたが核のボタン押すからじゃん、という感覚が抜けず。もう何をやっても許されないっすよね、と割と前半で思った。

 

そんなメインの物語に感動はできなかったけど、まあ、モスラのとことか割に感動ではありました。ケン・ワタナベと中国系の女性が「ゴジラとかモスラは味方だ」派で、西洋系の人たちを必死に説得するのは文化的テンプレな気がしないでもないけども、中国系の人の家系に双子の人ばっかりがいたりするのって、やはり映画『モスラ』でモスラに祈ってたあの双子ちゃんとかのことですよね。オキシジェン・デストロイヤーや、音楽も含め、過去作へのリスペクトというか、単純なファンサービスなのかもしれないけど、そういうのにはベタにちょっと感動した。

 

ただやはり、人の数だけゴジラのイメージがあるんだなぁ、とも。

ゴジラのフォルムは、もうなかったことにしたい前ハリウッド版より、日本のゴジラに近い形になってた。ただし違うところは、ケン・ワタナベ演じる芹沢博士などともちょっと交流が持てちゃってるような感じ。超巨大生物が人間にちょっと顔寄せてきて人が手を触れて目を少し合わせるみたいなのあるじゃないですか。あれ。ゴジラは災害そのものだし、それは完全に人智を超えた自然だと思ってきた僕にとって、なんか普通の野生動物との触れ合いみたいな、そういうのはどうなんすかね。

 

後は、大味な大作なので仕方ないかもしれないけれど、キングギドラが宇宙由来の外来種で、ゴジラは水爆が生んだ存在だから、人類を守ってくれる存在、みたいな理由づけの薄さが気になるところ。本当は、芹沢博士が持っていたノートによる背景の書き込みが必要なのだろうけど、まあそれは次回作以降なのかもしれない。しかし、核のボタンを押した女性博士に憧れていた彼にそのノートを託して良かったものなのか。。。

 

という、とてつもなく日本人っぽい感想。