シミーのブログ

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クリムト展

上野・東京都美術館でやってる「クリムト展」に行ってきた。

 

僕は美術については門外漢であるが、なんかこう、「芸術って言葉を超えたもんじゃん?だからそれをごちゃごちゃ説明するのって野暮じゃん?俺感性すげー大事にしてっし」みたいな志向は嗜好しない。

 

確かに芸術は言葉で捉えられないところにあるかもしれないけれど、それは言葉での説明を放棄して良いこととイコールではない。ダヴィンチも遠近法や黄金比とかについて「言葉」でめっちゃノートに書き残し、研究していた。その上で『最期の晩餐』や『モナ・リザ』を描いた。言葉を尽くし説明した先にしか、言葉を超えた芸術はない。言葉での説明なしに感性で芸術を分かれっていうのは、単純に思考してないだけだ。

 

と、いうことで、クリムトについて書く。

 

クリムトは1800年代後半から1900年代前半に活躍した、オーストリアの画家だ。オーストリア=ハンガリー帝国第一次大戦で消滅するのだけど、ある時代が終わる時の退廃と、やはり帝国として欧州に君臨してきた豪華さ。これをクリムトは体現していた。

 

また、彼は女性に関する絵をたくさん遺している。生涯未婚だが、14人の子どもをもうけた。男性芸術家が女性を描くとき、ミューズとして神聖化するか、肉欲として蔑視するかになりがちだけど、クリムトが描く女性は生と死、聖と性を体現した、フラットな優しさに満ちていた。曲線の描き方とか。

 

<女の三世代>なる作品は、老齢の女性と、母親らしい女性、子どもちゃんが描かれている。母親と子どもちゃんにかかってた緑っぽい線は、たぶん生命の樹的イメージな気がするのだけど、生のすぐそばに、老齢の女性という死に近い存在がいる。<医学>シリーズでは死神も描いている。息子を亡くした経験を持つ彼は、生命の円環というテーマに晩年は取り組み、それは栄華を誇ったオーストリア=ハンガリー帝国の崩壊と不思議なくらいマッチしていた。

 

圧巻だったのは、<ベートーベンフリーズ>だった。第九の音楽も展示では流されていたのだけど、すでにない壁画を再現した今回の展示は、「もうすでにない」という事実も含め、失われた古代神話みたいな感傷があり、これを体感するだけでもおお~という感じ。もうね、ゴルゴン三姉妹とか悪役たちの表現を観て欲しい。そしてそこを通過した後の、歓喜の歌の表現を観て欲しい。

 

あと、全体に、クリムトが描く人物の色使い。頬を染める赤だけじゃなく、ちょっと青が入ってるところが、あれたぶん死も生に同居してるというか、霊性の表現というか、一目観てああこれはクリムトだな、と思える個性が出ていた。額縁も含め、人物の周りの服飾は豪華絢爛。けれどもケバケバしくはない。不思議と調和してる。

 

本当に良い展示でした。おすすめです。