シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

つらい時はどん底まで落ちること。そして外部化すること。

もう本当につらくて仕方ないことがあった時、そのつらさの内容にもよるけれど、ひたすらどん底に落ちて閉じこもるのもアリだと思う。血の繋がった家族も、理解してくれる恋人も、共感してくれる友人も、誰も他人が入りこめない自分だけの暗い場所でしか、自分を再構成できないものがある。

 

これには時間がかかる。再構成するには、自分の本当にダメなとこ、どこで道を間違えたか、その選択をしたのは何故か、など、スルーして見なかったことにしたいものをたくさん、洗い出さなきゃならないからだ。

 

この領域までくると、誰もその人を助けられない。しかし、待つことはできる。暗い暗い1人だけの場所の外で、待っていてくれる人がいるだけでそれはもう希望なのではある。

 

そんで、その1人だけの場所、どん底に落ちていくのに必要なのは勇気とかじゃなく、意思である。「それ」と向き合うつもりがあるか。別に向き合わずとも人生ふわふわっと過ごせるかもしれない。それでも対峙するつもりがあるか。

 

ある意味、生まれ変わるつもりがあるか、である。

 

そうして、どん底から戻ってきた時、つらくてつらくて仕方なかったことは、「外部化」できてたりする。つまり、自分自身からある程度切り離し、客観的になれる、ということだ。この外部化は、逃げてたら一生できない。「逃げたから」という感情に引きずられ、身動きができなくなってしまう。

 

つらいのは、今・主観でいっぱいで、それを客観視できないからだ。10年経ったらたいていのことは変わっている。10年後からそれを振り返ったときに、果たしてどうか。

 

と、偉そうに言ったけれども、とにかく緊急で他人の助け必要今すぐ助けて!なんて事象もある。再構成とか言う前に、今すぐ何とか!って場合は躊躇ってはいけない。何度でも助けを求めて良い。1人だけでいることで救われるつらさと、他人のサポートが必要なつらさ、両方ある。

 

というわけで、僕は今わりとどん底です。

でも戻ってきます。アイルビーバック。