シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

歴史とは

E.H.カー『歴史とは何か』によると、僕らは現在の視点から過去をみることしかできないわけで、純粋な過去は理想であり、どうしたって現在のバイアスがかかるという。だから逆に、歴史は面白い、とも言える。

 

僕が習ったとき、今や世界遺産になる古墳は、仁徳天皇陵だった。ただしこれは、古文書とかでそうだと言われているだけで、聖域であるがゆえに実地調査ができず、学術的に不正確な名称ということで、大山古墳となった。これは分かる。根拠に基づいた歴史のアップデートだ。

 

問題は、維新の長谷川議員のように、被差別部落の人たちを性犯罪者と決めつけるような、改竄の方だ。民話とか資料をあたっていくと、士農工商に入らなかった人たちはむしろ神に近い存在、現世と異界の境目にいるがゆえに、常世から切り離されたという説もある。死とか異物を穢れとして忌み嫌うようになったのは江戸後期あたり。その感性があるから、かつては神に近い人たちが貶められ、あげく性犯罪者とか言われる。本当にひどい話だ。

 

最近、『オスマン帝国』なる本を読み始めた。奴隷の子どもであろうとも、何の問題もなくスルタンという世俗の王になれる、って話が面白い。その代わり兄弟殺しメッチャあるけど。

イスラムはそもそも、一神教の先輩であるユダヤ教キリスト教啓典の民としてしゃーす!と心配りしている。オスマン帝国は中心のメッカからみると東の果てなので、ローカライズされたイスラムであるけども、アメリカの黒人奴隷みたいなイメージでなく、もっと自由度があるキリスト教系奴隷などを抱えていた。

 

こんな感じで、かつて学校で習った知識が上書きされていく過程が楽しい。スレイマン1世とかなかなかの王だと思ってたら兄弟喧嘩中で帝位に就いていると見て良いか微妙だった。根拠を持って歴史をアップデートしていけば、現在の自分がこう思いたい・なーんて願望が投影された歴史観から抜け出すことができる。

 

まあ、そこで情報を集めるときは、本当に自分が予期しない外側からというか、普段こーゆうの読まないなぁ、この辺の知識薄いなぁ、とか、そんな事故のような出会いに積極的になるようにしてる。

 

検索ワードは、結局は自分の内側の言葉だし、検索ワードをもとにしたアルゴリズムはどこまで行っても自分だ。今の自分の延長に歴史があるんじゃない。歴史は、ただそこにある。それをどう捉えるか、力量が問われる学問である。