シミーのブログ

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【誇り】を持つということ。

村上春樹中国行きのスロウ・ボート』所収の短編には、3人の中国人が登場する。その中の1人、たまたま試験会場で監督官をする中国人が、「そして誇りを持ちなさい。」と言う場面が好きだ。

 

誇りを持つとはどういうことか考えたとき、それは自分の生まれつきの属性(性別や国籍や生まれ)まで含めて責任を持つ態度だと思う。自分が得意な部分、飛び抜けている箇所、ここを見て!ってポイントを自慢することは、誇りではない。凹んでいる部分、自分が選択したわけじゃないけど必然的に絶望的に自分にくっついてくるものまで含めて、誇ることができるかどうか。

 

『みんなの「わがまま」入門』を読んでいて、差別的な扱いを受けた時に、「あなたのせいじゃないよ」と言われると安心すると同時に悔しくなる、と書かれている部分があった。

つまり、差別を受けるのはあなたの人格に問題があるのではなく、女性や年少者であるという属性が相手にナメられる、という。とすれば、それまで自分が主体的に努力して積み上げてきたものが、自分とは関係のないところでさらっと崩れていく。確かに、こんな悔しいことはない。

 

そういうわけで、より強者の属性を求めて移動を試みる人もいるだろう。マイケル・ジャクソンが白人を目指したように。フレディ・マーキュリーパキスタン系の本名でなくフレディになろうとしたように。それも1つの選択であって、そうやって改変したことまで含めて自分を認められたならば、それは誇りの在り方の1つだ。

 

まあ別に、誇りなんていらないんじゃね?と言うこともできる。ただ、確かなことは、誇りがないヤツは弱いモノを傷つける。常に他人からの承認をエネルギーにしないと自分が保てないから。その承認もまた、「自分は他人からこう思ってもらいたい」というぐちゃぐちゃに歪んだ自意識が求める承認なので、健全じゃない。

 

ただでさえ、人は生きているだけで、他人を傷つけるのだ。ならばせめて、その傷があまり深くならないよう、誇りを持っといた方が生きやすいんじゃなかろうか。

 

と、大げさに書いたけど、大きな誇りでなくて良い。というか、国家とか民族とか宗教とか、大きなものに寄るかたちは危なくて、村上春樹的な、小さいけど確かな誇り、みたいなもんが良い気がする。

 

彼は、イスラエルでのスピーチで卵と壁の比喩を出し、自分は卵の側につくとスタンスを明らかにした。この2択で壁を選ぶヤツいないだろと思っていたら、メキシコの間に壁を築こうとする大統領が出てきた。いたのだ。壁側の人が。それもかなりの数だ。だから改めて、卵的な誇りが大事だなぁとか思ったり。