シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

『主戦場』 歴史の見方は現在の自分を表す鏡

映画『主戦場』を観てきた。

 

従軍慰安婦に対し、右派・左派の意見を国内外問わずインタビューとして集め、様々な論点について明らかにしたドキュメンタリーだ。従軍慰安婦像は、なんか韓国のプロパガンダが強く頑なだな~と、映画を観る前は漠然と思っていたけれど、すべての性被害に遭った方に対する寄り添いと捉え直すと、米国やその他の国でも慰安婦像が建てられる背景についても理解できる。

 

性被害に遭った方の心情は、慮るのも難しい。けれど、家父長制の意識が強い儒教国の韓国で、性被害に遭ったこと自体をケガレと捉えられ、長年、沈黙を強いられた人たちのことを「忘却」することは、本当に酷い暴力だ。この暴力は、教科書から記述が削除されるなど、気づかない、ぬるっとしたカタチで制度化されていく。

 

そうした忘却をさせないために、声を上げても、今度は様々な反論があがる。

「証拠がない」「強制じゃなかった、自ら志願した売春婦だ」「証言に一貫性がなく信用に値しない」。

 

映画では、この問題にまつわる話題を、1つひとつ整理していく。「証拠がない」に対しては、まあ確かに『日本のいちばん長い日』とかでは敗戦が決まった時に連合国に見つかっては大変な書類を一気に焼き捨てるシーンなどがあった。国家レベルのことを矮小化することはできないけども、たいてい、いじめを行う側は、証拠を残さない。しかし、証拠がないということは、イコール、「なかったこと」ではない。法廷は別に真実を明らかにする場ではなく、立証された事実について法に基づいて判定する場なので、それぞれの個人が体験した真実・立証が困難な事実に対しては、沈黙するしかない。

 

あと、「強制じゃなかった、自ら志願した売春婦」は、「強制」の概念の捉え方がおかしくて、寝てる間に銃器でおどして連れ去るばかりが強制ではなく、たとえば「良い働き口がある」とか「騙して」慰安所に連れてくることも強制だ。しかも大半が、未成年からせいぜい20代前半の女性である。売春婦として報酬を得ていた、という意見も、当時のビルマハイパーインフレで軍人も給金の使いどころがなかったのであげていたなんて話もあり、なるほどと感じた。

 

「証言に一貫性がなく信用に値しない」は、そもそも年月が経っていることと、性被害という過酷な現実に直面したことから、どちらかと言えば一貫性がある方がおかしい。記憶を自分の中で何度も振り返り、或いは思い出させられ、その傷をなんとかしようともがいてきた人に対し、「一貫性がない」と言って良いのかどうか。

 

という感じで、いろいろ知らないことを知れる良い映画だった。

そして本当に怖かった。

歴史を見る見方は、現在の自分を表す鏡だ。この映画をどう見るかによって、今、自分がどういう立ち位置にいるのか分かる。そんでどういう人たちがこの世界に確実に存在しているのか、まぎれもない現実をどうしていけば良いのか、考えさせられる。

 

以上です。