シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

勉強は人を救ってくれる。さらに言えば、

勉強は「人間」にしてくれるものだと思う。

 

ちはやふる』で、色々あってスランプに陥ったヒロインの千早が、普段はまったくしない勉強を猛烈にするシーンがある。何かに没頭することそれ自体が、ぐちゃぐちゃした感情を整えてくれることでもあるのだけども、この時の千早の気持ち分かるなぁと感じた。

 

千葉雅也『勉強の哲学』では、勉強は「変身」だと。一時的にキモチワルイ存在になることだと。勉強をすると、それまで自分が居た居心地の良い共同体から、一時的に出ることになる。その時、仲間たちは、勉強をした彼を彼女を「キモい」と感じる。今までの「ノリ」が通じなくなるから。でも、それを恐れるべきじゃない。安心した安穏とした場所に留まり続けることを良しとするならば、勉強は必要じゃない。けれど、違う自分を見たかったならば、人間になりたいならば、勉強してみると良い。いづれは元の場所に戻ってくるけれど、その時の自分は、以前とは違った自分になっている。

 

ちなみに、ここで言う勉強は、人から強制されたりするようなもんじゃない。人から外部から言われてする勉強は、夏目漱石が『私の個人主義』で言ったように、ちょっと雨が降ったらもう忘れてしまうような、なん~にもならないものである。

 

ガラスの仮面』のヘレン・ケラーの回で読んだきりなのだけども、三重苦で野獣のようだったヘレンが、水に触れ、ウォーターという言葉を理解した時は、本当に感動的だった。言葉は、人の思考をカタチづくる枠であり、窮屈な面もある。だけど、その言葉は、人の歴史そのものだ。しかも、最新の歴史だ。だから言葉を獲得するということは、その大きな人類の環に入ることで、孤独な野獣から抜け出ることでもある。

 

いっぽう、僕は最果タヒさんとか好きなのだけども、詩ってすごい言葉の自由度を上げてくれるものだとも思う。「夜空はいつでも、最高密度の青色だ。」勉強ってそういうところがある気がする。ただ純朴に観ていたら、夜空はただの暗闇だけども、勉強し、安心な場所から離れ、違うモノの見方を獲得した後は、その夜空の背景に青色が含まれていることが分かる。そう感じる。その、感じを得るために、僕は勉強している。

 

ぐちゃぐちゃして落ち着かない時は、なんか勉強してみると良い。三角関数でも外国語でも哲学でも、興味の赴くままに、内容は何でも良い。自分の好きなこと・興味のあることであれば、とにかくそれに集中できる。集中できない、懈怠に、人間は耐えられない。だから手っ取り早く集中できる勉強は、人を救ってくれる。そして自分を違う人間にしてくれる。それはとても気持ち良いものだ。