シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

都市は、田舎者が抱く夢の街

こと東京に限っていうと、昔からの江戸っ子を除いて、大半は地方からの移住者である。また、昼間だけ都心に働きに出て、同心円状に広がった郊外の自宅に戻っていく人たちもたくさんいる。

 

とすれば、都市は、田舎に住む人たちが見る夢なんじゃないか。それも、白昼夢。

都市の特徴は、匿名性だ。隣に誰がいるのか知らなくても暮らしていける。行きつけの店を除き、ファーストフード店やコンビニにいる人は別に誰だってかまわない。あたかも夢に出てくる人たちのごとく、記憶にも歴史にも残らない。

 

えーと、特に揶揄をしたいわけではなく。なんと言えば良いのか、この夢は、自覚的に見ている分には良いと思う。そんなもんだろ、と。ただ、無意識に盲目的に、この都市の夢を見ていると、ちょっとしんどいんじゃないか。匿名で、名前がない状態は、収容所と一緒だ。まあ、番号で呼ばれないだけマシかもしんないし、気楽さはあるかもしれないけど、寄る辺なさはあるだろう。「孤独」は、自分の名前があって、自分の名前を呼んでくれる誰かがいる場所に帰ることができるからこその孤独である。帰る場所のない、夢のなかにずっといる状態は、孤立である。

 

ふっと、夢が醒めるときは、どんな時か。自分が、「孤立」状態であることが、まざまざと分かるような時ではなかろうか。

 

都市には伝説が生まれる。都市伝説が生まれる。昔の妖怪は、人がいる明るい場所ではないスキマ、ちょっとした暗闇にいた。河童などは、きゅうりが好きなのだけども、昔のきゅうりは栄養素がほとんどないので他の野菜より立場が一段下だった。そのきゅうりを食べる河童は、身分制システムから外れた、棄民たちではなかったか。灌漑設備が整っていない川でおぼれる子どもが多かったから、その子どもの理不尽を慰めるために河童の仕業とかにされるケースがあったならば、その棄民たちは大丈夫だったろうか。

 

と、想いを馳せてみる。いっぽう、現代では、夜まで明るいはずの都市において、都市伝説ができている。まあ実は都市伝説も、徐々になくなってる気はしますけどね。口裂け女とか。それは、社会がどんどん、街を綺麗に、浄化しはじめたからではないか。

 

ディズニーランドには、ディズニー側が用意した物語しかない。ディズニーが、やってくるゲストたちに、気持ち良い夢を提供するために、そこには口裂け女は出てこない。夢が、都市に集まってきた人たちの情念からではなく、綺麗に洗練されたところから提供されてきている。都市伝説が消えていき、マトリックスみたいに気持ち良い夢に変わっていく。

 

ああ、繰り返しますが、揶揄ではありません。僕も田舎暮らしです。