シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

自意識があふれ出してる人を、言葉は汚いが馬鹿と呼びたい。

名付け、は大きい。名付けることによって、不可解な現象を理解することができる。僕は長年不思議だった。不可思議だった。「この人は、なんて馬鹿なのだろう。こんな馬鹿な人は、どこから来てどこに行くのだろう」と。

 

IQとか偏差値とかの問題ではない。知識のあるなしでもない。同じ事実を見ているはずなのに、全く意味不明なその人独自の真実を生み出すのである。それも量産するのだ。

 

んで。ちょっと前に馬鹿な人のことが何となくわかってきた。あふれ出ているのだ。自意識が。マシュマロマンのように自意識でぱっつぱつゆえ、自分の意に沿わない新しい知を受け付けない。自分が持ってる知識に合うように、事実の解釈を歪める。さらに悪いことに、その解釈を他人に押し付ける。

 

もうねぇ、どうすれば良いでしょうかね。

 

確かエーリッヒ・フロムだったはずだけど、害をなすような人がそばにいる時の対策は、「逃げるしかない」という。そう言えば、『彼氏彼女の事情』では、有馬の毒親対策としては、「撃ち殺す」しかない、って結論だった。そうなってしまったのは、その人自身の問題なのだから、自分にも悪い所があった、と省みる必要はなく、さっさと切れるが吉だ。

 

という訳で、僕は馬鹿な奴が嫌いだ。

 

先に、あふれ出した自意識の解釈を、馬鹿な奴は他人に押し付ける、と書いた。すなわち、承認願望の発露である。そもそも承認は、自分以外の誰かがするものであって、承認願望とは「他人が自分のことを認めてくれ」という願いである。

 

願いは、祈りと違って、対価を求める。

自分がこんなに正しく、オリジナリティあふれる知を提供してあげたのだから、敬え慕え崇めよ、っていう。でも、その人の内心を、誰かに強制される言われはない。

 

僕も時々、口ぐせで出してしまうことがあるから本当に気をつけたいのだが、「俺って何々じゃないですか〜」という、あれ。いや、知らんし。あんたにそんな興味ないし。

 

まあね、自意識が出てしまうのは仕方ないんですよ。自分は自分のことを、世界の主人公だと思っているし、それ以外の世界の見方ってできないから。でも、だからこそ、自意識って他の人から見たら結構、汚いもんであることを自覚しておくって大事なことで、なるべく他人様にご迷惑をおかけせぬよう、謙虚に生きた方が良いと思うんだ。

 

という、僕の自意識の発露。