シミーのブログ

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ハンセン病訴訟 整理

ハンセン病家族訴訟について、安部首相は、「異例の判断」により、控訴しない、とした。ただ、法的には問題があると言っていて、同時に出た政府見解では、全面的に反論していた。要は、法律論でみると穴だらけの判決なので政府としては認めがたいが、今回は首相以下の温情により、異例の政治的判断で、ハンセン病に苦しむ方・家族さんを補償しましょう、ってことだ。

 

補償が難しいのは、まずは時効の問題。どの時点で起きた被害から補償するのか。何年経っても認められるのか。範囲の問題もある。国からどの程度のことをされたら補償になるのか。後は、補償の方法。ハンセン病ということで、ある人が「強制隔離」され、家族がバラバラになり、亡くなった後も墓に入れないような、お金では還ってこないような被害に対し、いったい何ができるのか。

 

この辺の問題に対し、法は整備されているとは言い難い。なので、同じような人権問題の訴訟、たとえば水俣病訴訟について転用できない。水俣病にしても、ある地域Aの人は補償が受けられ、地域Bの人は受けられないとする。でも、水俣病の元となる毒のある魚は、当然地域Bにも移動するし、加工して食べられる、ということもある。補償額に際限がなくなるからどこかで区切りをつけたい国と、地獄を経験してきたと感じている当事者・家族の方々との和解は、だから未だに済んでいない。

 

基本的に、国は、個人よりも圧倒的に強い。圧倒的に強いので、簡単に個人を潰すことができる。なので、国が個人を簡単に潰しうる、踏みにじうることに対するアンテナの感度を上げるため、こと人権侵害系の補償においては、時効とか範囲とかなくし、侵害された因果関係をある程度認められれば、補償の範囲に制限をつけなくて良いんじゃないか。

 

ということで、ハンセン病家族訴訟については、首相談話だけじゃなく、今後の家族との面談と、どういった形で補償がなされていくか、この後の問題がむしろ重要だ。訴訟の当事者同士だからそうなのかもしれないけれど、ハンセン病の原告側の方たちは、自分たちに会いもしないで、謝られたってどうしたら?という気持ちになってると思う。

 

後は、法律ですね。「ある法律が整備されていないことは、立法府である国会の不作為、怠慢だ!」というのは、なかなか言えないことだけども、少なくとも行政府が大きな不満を持っているなら、法整備に向けて国会で話し合いがなされても良いんじゃないか。ある法律ができることで、その時々の「異例の」判断とかじゃなく、きっちりと救われていく人たちがいる。なので、法律大事。

 

たまには、ちょっと真面目にまとめてみました。