シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

僕が媚びてる系女子が苦手なのは、僕の中の女子が叫んでるからだ。

自分の心のうちに異性が存在している。LGBTQの方とか、そもそも性別に対してまったく興味ないというか何で区別にそんなにこだわんの?って方とか、性に対しては多様な、それこそ人の数と同じだけの差があるのだろう。だからここでは、あくまで僕の個人的なことについて、書いてみる。

 

僕は性自認も身体も男性だけど、心のうちには「女子」がいる。

ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』によると、女子は「魂」のことであり、年齢と関係ないらしい。だったら、性自認とも関係ないんじゃね?要は、その女子の「魂」を、他人様に刺青のように公共の場で見せつけるのでなく、それによって不快になる人がいたら差し控えるのが重要なのであり。それは同時に、その人の中に何がいようと、否定されることなんかじゃない。

 

んで。僕の中にいる女子は、バリキャリでもか弱いでもなく、ちょっと世の中をひねた目で見てる。マッチョイズム全盛の、ミソジニーな男性社会に「過剰適応」し、「男なんて馬鹿なんだから3S言っときゃ喜ぶのよ」みたいな、いわゆる媚びてる、という女子が苦手なのだ。

 

※注 3Sとは

「すごーい・素敵ですねー・知らなかった~」である。男子はこの3Sを言われるとけっこう喜びます。(偏見)

 

1人で立つ、というのは存外にしんどい。経済的にもそうだし、メンタルにしても、自分を認めてくれる他人がいるって事実は大きい。まあ、ここで注意したいのは、「無条件に」認めてくれるってわけではないこと。だって血のつながりのない他人だもの。ある程度、最低限の土台があってこそ、認められる。暴力とか、人格攻撃とか、そういう最低限の土台すら下回る場合、そこに信頼は生まれない。

 

ずれた。

 

とあれ、媚びてる系の方のマインドがよく分かっていない、というのもある。僕はなんか常にメタ視点というか、うぇ~い!って周囲が盛り上がっている時においても、どこか鳥瞰図的に状況を観てしまうことがあって、たぶん、媚びてる人・媚びを売られている人、の間で何かゲームのような、共通認識に基づいた遊びが行われているのだな、とは思う。思うのだけど、僕のなかのひねくれた女子は、それを認めることができない。

 

けっきょく、媚びるという行為は、相手のナルシシズムに寄添うということであり、そんな寄添いはいらない、と感じるのだ。端的に言ってキモチワルイ。「承認願望」と言うとき、その「承認」を与えるのは承認が欲しい自分がまったく関与できない「他人の勝手」なのだけども、媚びは、「あなたに承認をあげるよ~」と誘ってるみたいな。真剣勝負の中の八百長みたいな。

 

いや、八百長八百長と分かって楽しめば良い気もするのだが。うーん。