シミーのブログ

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『勝手にふるえてろ』 イチをとるかニをとるか

綿谷りさの同名小説を映画化。『勝手にふるえてろ

ヨシカは恋をしている。中学生時代から、10年にわたる恋だ。「天然王子」であるイチのことを、社会人になっても何度も脳内再生している。運動会の閉会式の時、「俺を見て」と言ってくれたこと。そうした思い出を何度もリフレイン。

 

いっぽう、社会人として経理で働くヨシカに、営業部の男子が恋心を打ち明ける。ニだ。経理に持ってきた書類で、「2」がめっちゃ下手だったからだ。ニは、ちょっとズレているが、優しい。好きとか嫌いとかでなく、「違和感なく」付き合うのであれば、なかなかに良い相手である。

 

イチとは、同窓会で再会を果たす。ヨシカは、絶滅動物の情報を得ることが趣味なのだが、つまりこれは「失われ、決して戻らない過去」に対する執着である。事実、「現在」の彼氏であるニとは、リアルできちんと生きている動物たちがいる動物園デートをしていた。絶滅動物の話は一度も、ニとしなかった。

 

別に、現在・今がベストで、過去が悪い、って単純な構図ではない。ヨシカの中には二人の彼氏がいる。脳内で最高の思い出が繰り返されるイチと、リアルにデートしているニだ。

 

しかし、イチとの破局がやってくる。まず、ヨシカが大切にしてきた思い出の1つである、閉会式の時の「俺を見て」発言。ヨシカは、イチのことがあまりに尊すぎて、眼球で焦点をあわせず視野の端で対象を捉える「視野見」を会得し、イチを見ていた。イチからすれば、クラスの中でヨシカだけが、「俺を見ていなかった」。イチからするとそれが気に入らなかったわけで、別にヨシカがイチにとって特別な存在だから、「俺を見て」と言ったわけではない。その証拠に、ヨシカに対して決定的なダメージを与えるあの一言を言ってしまう。

 

絶滅動物と一緒だ。それは異常巻きだったのだ。

ある環境に過剰に適応し、脳内で何度も記憶を美化させ続けた結果、自分にとって甘美極まりないモノになっていた。けれども現実では、何も起こっていなかった。それは誰も傷つかず、傷つけない、素晴らしい世界だった。でも、だから、ずっと距離があった。釣り堀に毎日来ていたおじさんと同じくらいの距離だ。

 

自暴自棄になったヨシカは、ニや、会社に対しても、暴発的な暴走をし、決裂しようとした。正直に、あまりにも正直に、留めてきていた思いを吐露した。意図的に、他人を傷つけた。実はその傷は、相手にぜん~ぜん響いていなかったりもするのだけれど。

 

この映画は終始、松岡茉優の演技がすげーなって感じだった。彼女は、『ちはやふる』で忍ちゃんを演った時はミステリアスに感情出さない感じだったけれど、今度は感情ダダもれのヨシカ役だった。いやはや、すごい女優さんである。