シミーのブログ

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人を笑わせる技術がなく、人に笑われる勇気もない者の末路

人を笑わせることは難しい。何を面白いと感じるかは、その人の感性による。その感性に、びみょ〜に触れるくらいのところを狙うこと。すでに知っていることは、面白くないから。

例外は、ダチョウ倶楽部。あれは、みんなが「押すなよ〜、絶対押すなよ〜」の後、押すことを知ってるから面白い。あえて押さなくても、「押してよー!」と上島が困り顔で怒れば大丈夫。誰も傷つけない。

 

いっぽう、人に笑われることもまた、変にプライドが高い人間にはできないことだ。よく、人間的にダメなことやって、それが「芸の肥やし」って言うことあるけど、ある意味、勇気のあることだ。だって、普通の人からのダメ出し前提なんだから。あえて、逸脱していく。それも、下の方に。なかなかできない。

 

さて、人を笑わせることも、人に笑われることもない人間はどうなるか。

 

人を、「嗤う」ようになる。

自分は安定的なポジションにいて、一生懸命やってたり、真剣に何かをやってる人・やろうとしてる人を、嗤う。皮肉で冷静な俺アタマ良いアピール。そのため、真剣にやってる人たちを傷つける。

 

具体的なとこで行くと、例えば、パワハラをネットで告発し、それに対して賛否両論出して炎上させる、みたいなことがあった。結論から言えば、この告発はダミーで、訴えられた側も了解してやっていた、ドッキリだという。

 

もうね、下劣すぎて言葉もない。どこが面白いのか本気で教えて欲しい。これをやることによって、実際に深刻な被害に遭っている人は、勇気を持って告発しても、「ああ、ネットの炎上の真似?」と思われ、ちゃんと取り合ってもらえなくなるかもしれない。ただでさえ傷ついてる人が、さらに深く傷つく。最低な、人の嗤い方だ。

 

真剣にやってる人は、時に滑稽に映るかもしれない。だけど、真剣に何かをやってる人は、真剣にやってる人を嗤わない。自分の人生に責任を持たず、ただただ自分の優越性を確認したいためだけに、他人を下に見ようとするヤツが、人を嗤うのだ。ヒマすぎる。絶望的にヒマすぎるから、そんなことやってる。

 

なんか、ニヒルに、熱いモノと距離感持って、冷静にメタ的に批評できるヤツ頭良さ気みたいな、そういうの、本当に悪しき文化だと思うですよ。どっかで断ち切りたい。

 

テレビのバラエティ番組が、そんな傾向あるなぁと思ったら、その番組を観ない。ネットでそんな雰囲気あったら、全力で無視する。他人を嗤うのは、つまんないし、人間的に薄っぺらいと、分からせる。

 

まずはそこから。