シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

なぜ飲み会の席では三島由紀夫の話ができないのか

飲み会の席は、最大公約数の話題が尊重される。みんな何となく知っていて、適当にそれぞれの意見を持っていて、当たり障りなく笑えるもの。

三島由紀夫は、笑えない。ぜんっぜん、笑えない。

と、言うことで、せっかく飲み会の席で周囲に座った人が文学を読んでいることが判明したにも関わらず、話をすることができない現象。

 

まあそもそも、「どんな本読んでます?」という質問に対しても、相手は警戒する。読書はある意味、自分の内面をさらけ出す行為でもあり、どんな相手か分からないうちは開示するのが危険に感じるのだ。三島由紀夫とか特にそうだ。もはや、性癖の暴露と変わらない。

 

でもねぇ。面白いと思うんですけれど。

 

金閣寺』とかわりに好きである。「どもり」のコンプレックスを持った金閣寺の見習い僧侶が、美の終局点である金閣寺を放火するに至るまでの彼の内面を追ったサスペンス。特に、「びっこ引き」の柏木との交流とか面白い。「どもり」と「びっこ引き」。普通とは違う、下民意識、でもそれ故に、「他とは違うんだぜ」という優越感をちょっと抱いている主人公。だから、柏木のことを仲間だと思った。だから、話しかけた。普通の人には全然話しかけなかったのに。

 

柏木は、それを見抜いた上で、喝破する。「俺は君の仲間じゃない」

彼は本当に精神が腐っていて、たとえば、美人の前でわざと転んだりする。美人は見て見ぬフリをしようとするのだけれど、柏木は叫ぶ。「こんな立ち上がれない俺を見捨てるのか!人でなし!」と。そうした、常識的な倫理観に縛られた普通の人の心情を利用することで、逆に自分の優越を主人公の前でまざまざと示す柏木。

 

みたいな。

 

ことはなかなか飲み会で言えないわけで。でも、ちょっとこれって勿体ない気もする。素面の時でも全然言えるんだけど、どうもそういう処だと、分析的になりすぎる。理性が、強い。お酒が入ることにより、作品に対して自分がどう思っているか。そんなことをするような登場人物たちに何を想っているか。感情がのっかる。人に伝わるのは、話の情報の説得性そのものより、そうした熱意の方が大きい。

 

別に、共感できなくて良い。というか、共感された方がキモチワルイ。

映画監督のウディ・アレンじゃないけど、「わたしを招くようなパーティには参加したくない」。誰にも共感されなくても、そういう、文学を通したちょっとした自己開示がたくさんあると、なんて世界は多様で寛容なのだろうと、笑える。

 

そんな笑いがあっても良いんじゃないか。