シミーのブログ

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クトゥルー神話的手法で女の子を口説くことについて

なんて下衆いテーマなのだろう。

 

クトゥルー神話を最近読み始めた。ご存知、アメリカの作家ラヴクラフトが、同時代の作家たちと創り上げた人工の神話、クトゥルー。人類最凶の悪夢とも言われるその神話はカルト的な人気があり、最近だとモンスター・バースの最新作『ゴジラ・キングオブモンスターズ』などでもそのモチーフが使われている。

 

失われた古代文明。古代を支配していたとされる、圧倒的な生命体(From 宇宙)。この世とは思えない狂気の表現と、人間の思想の奥底に眠っている恐怖を呼び起こすような幻想描写。僕も読み始めたばっかりでうまく言えないけれど、そのキモは、ぶっちぎりの「それっぽさ」だと思う。

 

そう。「それっぽい」

恐怖を実際に体験した人ダイレクトでなく、1人聞き手を間にはさんだ伝聞であることとか。微妙に、科学的にいろいろやってみましたよ(でも分かりません未知のもんです)ってお墨付き入れるとことか。「土地」にすごい根差してて、確かに夢とかで、ああこういう土地あるかもと思わせるとことか。

 

さて、そんなクトゥルー神話が、なぜ、女の子を口説く云々のトコに行くのか。

ポイントは、「それっぽさ」である。

 

この「それっぽさ」は、たとえば、ニーチェとかヘーゲルとかの名前を出して、「彼らが言うには~」みたいなことをちょろっと言ってみる的なことだ。ガチで哲学をやってる人は、考えが深まりすぎていて、浅はかなことは言えないと思いがちである。いっぽう、そこまで深く入り込まず、カジュアルにやってる人は、さりげなくそれっぽく、しゃべれる。

 

この時、先生とかみたく、「上から」じゃないようにしてみる。

先生は良いのだ。実際に「上」だから。それだけ研究して勉強してるから。

ただ、普通の人同士のフラットな関係において、「上から」は嫌われる。なので、難しい言葉を、自分なりに超訳して伝わりやすい言葉に変換すること。

 

「それっぽい」は、人の感性の根っこにある部分、みんな言語化はわざわざしてなかったけど言われてみると確かに!を的確につく。だから、クトゥルー的な口説きは、その人自身をほめたりする方向でなく(君かわうぃーね!)、人間的な深みが「あるっぽい」ことを示すような口説きである。

 

愛を愛として明確に相手に告げない、そんな人向けの口説き。まあ、どれだけ効果があるかは分かりませぬが、とりあえず面白い・変わった感じ、の人として見られることは請け合いである。ちなみに僕は意識してなかったけどクトゥルー的な言い方をよくしていて、「人を好きになったことある?」とかよく言われるようになった。

 

ああ。