シミーのブログ

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ハゲの人に人権はない。…ってそんなことあるかこのハゲ!

立場の強い人に対しては、何を言っても良い、みたいな風潮ってある気がする。その際たるものが「おじさん」。おじさんは頑丈だから、超合金だから、何を言っても傷つかないし、こちらは相対的に弱い立場なのだからOk!という姿勢。

 

だからつい、言ってしまう。「このハゲー!」

 

関西圏の文脈においては、「バカ野郎」的なニュアンスとして使われるかもしれないけれど、「ハゲ」と身体的特徴を罵ることは、明確な差別である。ヘイトである。別に好きでハゲているわけではなく、いや好きでハゲてても良いのだけれど、それに対して侮蔑の意を込めて「ハゲー!」をぶつけることは、よくない。

 

それは、強い立場弱い立場に関係ない。ある意見に対して反論するのは良い。でも、人格攻撃的な攻撃をして、相手に沈黙を強いることは人道に反する。別な例でいうと、「美人は良いねぇ、いろいろ得があって」みたいなものがある。本人の努力とか適性とかでなく、「美人だから贔屓されて良い立場に立ってんだろ」という、僻みを交えた圧。これはですね、良くない。

 

おじさんの方も、ハゲの力を知っているので、自虐として「いや、まぶしくてすみませんね」とか言ったりする。自虐もまた、自分で自分にするいじめである。いや、これはいじりだ、という反論があるかもしれないけれど、基本的に、誰かを貶めることによる笑いは、不健全なのであって、1つ1つの傷は小さくとも積み重なると致命傷になる。

 

ということで、自虐や、強い立場だからと言って侮蔑的な雑な言葉を投げかけて良いみたいなコミュニケーションの在り方を、ちょっと考え直したいと思った。

 

そもそもにして、妙齢の男性全般を、「おじさん」としてカテゴライズしてしまいがちだけれど、おじさんは多様だ。鉄道オタクのおじさんと、競馬場ジャンキーのおじさんは、同じおじさんだろうか。みんながみんな、強い立場に立つ鈍感な感性のおじさんだろうか。

 

人をカテゴライズすると、楽だ。その人の背景にあるものをとりあえず脇において、そのカテゴライズ、もっと言うとラベルに従ってコミュニケーションをとれば良い。型が決まっている。「このハゲー!」と叫べば良い。そうして、僕らは、1人ひとりとの繊細なコミュニケーション能力を退化させていく。そうして人生を貧しくしていく。視線の先には、おじさんとおばさんと子どもしかいなくなる。

 

とはいえ、「ああ、薄いな…」とかどうしても思っちゃうんですけれどね。

思うことは思想の自由がある。でも、ヘイトをまき散らす自由はない。ということで、ぐっとがまん。