シミーのブログ

好きなもの。読書会、少女マンガ、人文系、宇宙、社会学、ノンフィクション、、、と、好きなものを羅列していけば何かがつかめる気がしています。ブログは主に世の中に対するぼんやりとした主張です。よろしくお願いします。twitter @koro81k

あらゆるものから距離をとること。

村上春樹ノルウェイの森』で、主人公のワタナベが言う台詞だ。僕はこの台詞けっこう好きで、いわゆるリベラルって、あらゆるものから距離をとる姿勢な気がする。高畑勲監督などは、ジブリで正社員として働いたことはなく、都度都度の契約だったし、どんな人にも深入りしなかった。この姿勢ですよね。

 

逆に、あらゆるものとの距離が近すぎる場合は、原理主義、または極端な思想、である。何かしっかりした、国とか、パートナーとか、そういうものにぐ~っと近づいていく。もうなんか、一体になろうとするぐらいに。それはある意味、心地よいことかもしれない。しれないけれど、『ノルウェイの森』でも、直子はキズキの自殺に引きずられてしまった。彼女は、距離をとれなかった。

 

あらゆるものから距離をとる姿勢は、いっぽうで、芥川が「リベラルは何も言えない」と皮肉をこめて言ったように、何か強い主張をすることはやりづらい。それは、相手のカタチを変えることだから。リベラルは、相手を相手であるだけで、変形させない。変形させようとするのは、暴力だ。この暴力が快楽になる人もいるけれど、こうして変形されることによって、致命傷になる人もいる。特に子どもちゃんなんかは、小さくて変形しやすいから、なるべくならそのままのカタチで在って欲しい。

 

んー。

 

僕は、あらゆるものから距離を置きたい派だ。それは時に、冷たい・分析的、とか捉えられがちだけど、仕方ない。なんか、境界を超えてく来る人って暑苦しいし、そもそも他人との境界自体が曖昧になるような、こう、気持ちとか空気でぐわ~っと流れていくのが苦手なのだ。距離が近すぎるのがキモチワルイ。

 

なんか、昨今の、差別用語を無自覚にばらまく人たちは、なんか逆に差別してないと思うのです。自分とは違う人たちを、差別、別のものとして扱うって言うより、境界を超えて変形させようとしてる。自分たち仲間に合うかたちに。あいつらは自分たちと違うなんておかしい!かわいそうだ!ぐらいの意識。他人が、自分とは違う人たちが、いかに自分とは違う生を生きて、自分とは違う価値観を持っているかを、想像できない。

 

だから、他人に罵詈雑言を言える人たちは、他人との距離がものすごく近い。もっと離れれば良い。悪口が届かないくらいに。遠くの人たちには、僕らは優しくなれる。近いから、自分の境界を危うくしてくるから、必死で守らなきゃならない。本当は守る必要もないくらい距離が離れているのに。